NHK Eテレが「バリバラ~障害者情報バラエティ~」で「感動ポルノ」を取り上げ、24時間テレビを批判したことで、初めて耳にした方もいるのではないかと思います。
「感動」×「ポルノ」と異質の言葉を掛け合わせることで強烈なインパクトを与えています。
キャッチ―な言葉で世間の注目を集める手法は苦手です。
けれど、これは一言で物事の本質を付いている素晴らしい言葉だと思っています。
この言葉、実は日本で生まれた言葉ではありません。
今から5年前にオーストラリア人のステラ・ヤングさんが初めて使った言葉です。
英語では「Inspiration porn」
障害者の感動話を消費する傾向を皮肉った表現です。
「Inspiration porn(感動ポルノ)」の詳細はTEDの動画をご覧ください。
障害者はヒトとして扱ってもらえません、感動を与えるための対象です。
障害者を健常者のために利用している。
戦うべき相手は自分達の体や病名ではなく、私たちを特別視し、ものとして扱う世界です。
ステラ・ヤング TEDより
言われてみるとハッとする人が多いのではないでしょうか。
「感動ポルノ」は潜在意識の奥深くにあった違和感を表に引っ張り出してきて、白日の下にさらしてくれました。
ダウンタウンの松本さんもワイドナショーで
「障害=感動の方程式“感動ポルノ”の言葉が僕はすごく刺さった。少なからず自分にもそういった部分があるから反省しないといけないなぁっていうのがある」
と語っています。
感動ポルノが人の心の中に存在するという事実を広めたこと。
これが一番大きいです。
個人的に、障害を乗り越えた人の話に感動してはいけないとは思いません。
純粋にすごいと思う素直な感情だから。
何か壁を乗り越えた人の話は勇気を貰えます。
それが、病気だろうが、人間関係だろうが、お金だろうが同じです。
ただし、障害者と区別してしまう心は取り除く必要があると思います。
それが日々の行動につながるから。
そもそも障害者と健常者って明確に線引きできるものではないと思っています。
昔は障害者と健常者の境目なんて気にしたことはありませんでした。
でも、医学生になって数多くの患者さんと触れ合う中で、境界線上でもがいている人も大勢いることをしりました。
はっきりと病名はない。でも、症状はある。
治療は成功した。でも社会復帰は出来ていない。
医学的には障害がある。でも行政的には障害ではない。
などなど。
障害も健常もない世界。皆が隔離されることなく暮らせる世界。
そんな世界になる日はいつになるのでしょうか。
へー昔は感動ポルノなんてあったんだ。
そんな会話を未来の子供達としてみたいです。
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